わーくすてーしょんのあるくらし (27)
2000-03 大橋克洋
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まず先月号で書いた、医療情報学会でのデモセッションの報告を しておきましょう。「コンピュータでのデモは出たとこ勝負」と書 いたように、案の定会場に用意された液晶プロジェクターとの相性 で悩まされることになりました。会場に用意されたものが某社のも ので、一瞬いやな予感がしたのですが(後で専門家に話すと、プロは そういうタイプのプロジェクターは使いませんということでした)。
会場係の方も色々と努力してくれたのですが、結局 XGA の解像度 を得ることはできず、VGA の情けない画面で WINE のデモを行うこ とになりました。さらに私の出番になったとたん、画面が真っ黒で 一瞬ヒヤリとさせられましたが、これはプロジェクターへの出力条 件が変わらないよう PowerBook を起動したまま出番を待っていたの で、その間にスクリーンセーバーがかかっていたことに気づきました。 次回からは、やはり自前の液晶プロジェクターも担いでゆくこと になりそうです。
この学会のデモセッションのために急拠購入した中古 PowerBook は十分その本領を発揮し、大変満足することができました。CPU が 早いので、MacOS X Server を積んだ「動く開発環境」としても申し 分ありません。重厚なのとバッテリーの持ちが良くないのは許して あげましょう。
このデモなどを見て、何人かの方から電子カルテ WINE を使いた いとの希望があります。つい最近まで DOS/V マシーン上の OPENSTEP で動いていたのですが、この秋に MacOS X Serverへ環境 を移行してからは、こちらの方がずっと早くて快適になりました。 今更、前のバージョンの面倒を見る気にもなりませんので、新たに 導入するのであれば Mac 上でということになります。 しかし困ったことに現状では MacOS X Server は最新の PowerMac G4 や PowerBook G3 では動きません。私のように旧 PowerMac G3 か、旧 PowerBook G3 を探さねばならないのですが、 これが八方手をつくしても中古市場にないのです。
MacOS X Server という大変パワフルで安定したすぐれた OS を販 売しながら、ここ数か月それが動くハードウエアをまったく提供し ないでいる Apple には、さすがの私もちょっと困ってカスタマー・ サービスにこの現状を何とかしてくれと e-mail を出しました。ま だ返事はきていません。宣伝効果が十分上がって誰もが欲しいとな った時、いつも品物が市場にない、そういう Apple 社の体制は早急 に何とかしなければなりません。そうでないとファンだった人達も 離れてゆかざるを得ません。
とはいえ、この原稿を皆さんがお読みになる頃には状況は改善さ れているのかも知れません。MacOS X Server の新しいバージョン がリリースされて、新しいハードウエアに対応してくれることを期待 します。また、MacOS X Server ではなく従来のMacOS の後継のひと つとなる MacOS X がリリースされれば、WINE もハードウエアで苦 労することもなくなるだろうと楽観しています。
ということで最近は完全に MacOS X Server がメインの作業環境 となったのですが、まだいくつか OPENSTEP でしか動かないアプリ ケーションがあります。それを使うたびにデイスプレイを切替えて 隣に置いてある OPENSTEP を使うのもわずらわしくなってきました。
財務会計、給与計算、スケジュール管理などがそれです。給与計 算については、ほとんどコンパイルしなおすだけであっけなく X Serverへ移植できました。スケジュール管理はどうせなら新しく設計 しなおしたかったので、新規に設計しました。財務会計のソフトは BASIC の時代に作ったものを色々な OS に移植するたびにバージョ ンアップしてきたのです。かなり設計が古いところがあるので、移 植は結構大変かなと思っていたのですが、1週間もかからずに実用 段階まで移植することができました。移植とは言ってもコンセプトを 移植するだけで、実際には新規に書き直したものです。
特に経理のソフトなどはいつもかなり頭の中が混乱して苦労する のですが、今回はとてもスンナリと移植できたので驚きました。や はり NeXT 社から受け継がれた X Server の開発能力は大したもの です。もちろん WINE で培われた色々なframework の再利用に助け られた面も少なくはなかったのですが。 来年の MacOS X のリリースがとても楽しみです。これにより、開 発効率と開発の巾が一気に広がります。今までなかった画期的なソ フトウエアが登場する可能性はとても大きくなります。もっとも ソフト屋さんの多くは、かなり保守的な体質を持っていますので、 画期的な製品を出せるところは、当面は新興ソフトウエア会社だろ うと思っています。
先日、ある先進的なソフト・ウエア開発会社の合宿に参加させて 頂きました。われわれの行っている電子カルテWINE 開発プロジェク トと、あちらのプロジェクトの一部を相互乗り入れしようという構 想によるものです。 この会社はある企業から最近スピンアウトした人達が作った会社 で、メンバーは少ないものの「七人の侍」のように、誰ひとりとっ ても優れた技をもった技術者の集まりで、大変楽しい思いをさせて 頂きました。
合宿所はある企業の保養所でした。20帖位の会議室に会議テ ーブルで二つ位の島が作ってあり、各自1台ずつのマシーンが用意 されて開発を行っていました。マシーンはすべてイーサネットで接 続されています。タワー型+液晶デイスプレイのマシーンも数台あ りましたが、多くはノートブック型です。最近はノートブックとい えども据え置き型にひけをとらない能力を持っていますので、開発 室を再現するこのような合宿を開くのも比較的楽です。最終日の撤 収も30分足らずで終了してしまいました。
楽しかったのは、このようなデキる技術者特有のノリのある雰囲 気です。脇目もふらずデイスプレイに向かってコーデイングしてい るものがあるかと思えば、3Dグラフィックスのデモの周りに集まっ て喚声をあげるもの。誰かが、技術的にわからない質問を投げると 、色々な分野の専門家がいるので、誰かしら作業の手を休め頭をも たげて答えてくれます。
ホワイトボードの前に集まって、あるいは液晶プロジェクターで 実際のコンピュータ画面を投影しながら、皆でアイデアを練ること もありました。ここに持ち込まれたプロジェクターは、コンパクト でかつ明るく XGA の解像度を持つ最新のものでした。来年の学会に はこのタイプを持参することになるのかも知れません。 ソフトウエア技術者に時間の観念はありませんので、徹夜明けの 翌日になっても、ノリのある限り作業を続けています。いつの間に か部屋を抜けて姿が見えないなと思っていたメンバーが、数時間後 にまた現れると「おー、○○さん reboot してきたぞ」との声があ ります。一旦仮眠して、また仕事に復帰してきたわけです。
この自由な雰囲気は、創業間もない頃のアスキー社を思わせます 。あの頃のアスキーに遊びに行くと、デスクとデスクの間に寝袋が おいてありました。正社員と外部のものがごっちゃになって仕事を しているところなども同じです。要するに仕事が楽しいからやって いる、会社のためでなく自分のためにやっているのです。
今回は忘年会も兼ねていましたので、2日目の夜は結構お酒も入り ました。最近、朝方プログラマーにシフトした私は、いつもの習慣 で午前6時には目が醒めてしまいました。開発室ではまだ誰か仕事 をしているに違いないと、同室のメンバーを起こさないようそっと 起きだしました。 さすがに昨日のアルコールとその前の寝不足が効いたのか、開発 室には誰も居ませんでしたが、朝食までの数時間ひとり静かに新し いアイデアの実現に取り組むことができました。私の持ち込んだマ シーンは先月号で書いた、中古 PowerBook G3 です。
実はこの合宿には夏にも参加させて頂き、今回は2回目です。夏 の合宿の成果は大きく、ここ1年ほど悩んでいた問題が一気に解消 してしまいました。データベースに蓄えたデータをどのような形で 電子カルテに持ってくるのがよいのか、その実現方法に思考錯誤を 繰り返してきたのですが、合宿から帰るとひらめくものがあり、大 きく発想の転換をして解決したのです。あの時、別に何も具体的な ものを教わったわけでもないのですが、脳に与えられた何かの刺激 が大きな進展をうんでくれました。
あちらの会社も同じだったようです。私と共同研究者の高橋先生 の参加が何か刺激するものがあったようで、今回2度目のお呼びと なりました。 2度目の合宿のインパクトのあるうちに、新しいアイデアの実現 へ向かうことにしましょう。