わーくすてーしょんのあるくらし (9)
1998-09 大橋克洋
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5月末に宮崎のリゾート地 SeaGaia で開催された「電子カルテ 研究会」については、別の記事としてレポートしましたが、もう少 しくだけた話などをご紹介することにしましょう。 レポートにも書いたように、電子カルテ研究会は3年前に電子 メールで全国規模の活動を開始しました。「これからは電子カルテ が必ず実用段階に入るようになる。いろいろな電子カルテの花盛り になるのは大変望ましいことだが、その前に皆で足並みをそろえる べきこともあるはず。皆でそれについて研究しよう」というような 主旨でした。
インターネット上の e-mail でデイスカッションするうちに、 「良いコミュニケーションには、互いの顔を知ることも必要。 年に一回くらい on line ではない off line のミーテイングもし たいですね」と提案したところ、宮崎医大の吉原教授のお世話で、 毎年5月末頃に宮崎のリゾート地 SeaGaia で off-line meeting のお世話を頂けることになりました。
参加は T シャツにジーンズなどラフな服装でというのが、初回 からの定番になっています。また会議場での正式なセッションが終 り夕食後は、宿舎のホテルに帰り部屋のカーペットの上に車座に なって、アルコールを傾けながらデイスカッションの続きをするも の、コンピュータ談議に花を咲かせるものなど様々です。「名をと るより実をとろう」というのが、いつもお世話を頂く宮崎医大の吉 原教授はじめ皆の考えです。
別のコンピュータ雑誌にこのエッセイを連載していた頃にも書き ましたが、もう十年位になるでしょうか日本 UNIX ユーザ会(jus) の年次大会では BOF(Bird of feather すなわち「同じ穴のムジ ナ」) というのがありました。正式セッションを終え夕食後、再び テーマごとに別れて会議場に集まり、座長はじめ皆が缶ビール片手 にデイスカッションをするという楽しく実のあるミーテイングで、 SeaGaia meeting がめざすのもまさに BOF です。
これが意外というか当然というか、大変実のある効果を挙げま す。電子カルテ交換規約 MML が決まった時もそうだったと思いま すが、正式セッションで結論に至らなかったものを、宿舎に持ち 帰ってその夜のうちに一応の公式見解にまとめ上げることができま した(座をとりもつ吉原教授の手腕によるところは大ですが)。
私は以前から、会議は「前半はオフィシャルに、後半はメシを食 いながら行うのが有効」と考えています。最初からメシを食いなが らでは話が発散してしまいますし、オフィシャルな話だけでは本音 がでません。この二つを組み合わせることによって、本音と建前を 兼ね合わせたコミュニケーションができるというわけです。現在 NeXus (日本 NeXT ユーザ会)の月例会なども、このような形式を とっています。
宿舎のリゾートホテル本館は通常のホテルに近い形式ですが、敷 地内に円形2階建の洋式「離れ」が何棟か建っています。われわれ が泊まるのはこちらの方で、部屋は6名程度の大部屋でここに分宿 します。夕食がおわると大会本部に用意して頂いたアルコール類を 持ちよって、いくつかの部屋に分かれた「呑みニケーション」が始 まるのですが、夜を徹し明け方まで話し込む元気なメンバーがあっ たりする楽しい会です。
今回は国際会議場の中の2会場を使いましたが、両会場ともコン ピュータ画面をスクリーンに投影できるビデオプロジェクターがふ んだんに使われました。従来のスライドや OHP を使った発表を私 はひとつも見ませんでした。発表者は皆、ノートブック型のパソコ ンや会場備えつけの Mac などを接続してプレゼンテーションをし ていました。このような形ですとスライド作りが不要ですし、間際 までプレゼンのネタ作りができるのでとても嬉しい人も多いと思い ます。
メインの会場にはプロジェクターが3台あり、一番左は学会など でもよくある呼び出しに使うもの。中央が発表用。そして右側のス クリーンには、発表者や質問者の姿が投影されました。 以前から会議や発表はこうあるべきと思っていましたが、とうと うこういう時代がやってきたようですね。
コンピュータというものは話を聞いただけではなかなか理解でき るものではなく、実際に動いている画面を見るのが一番です。 会場の後の方には、インターネットに繋がったノートパソコンが 「メールの読み書きにお使いください」と何台か置いてあったのも 大変親切でした。
今回の研究会の最後を締めくくったのは NTT アクセス網研究所 特別研究員の加藤さんのデモでした。加藤さんのお話を初めてうか がったのは、昨年行われたアップル社のセミナーでした。私はその ソフトウエアを見た時に、まさに大きなカルチャーショックを受け たものです。
というのは、私が実現をめざしてきた電子カルテ用パーツのアイ デアがあったのですが、実現が大変でちょっと投げだしていまし た。加藤さんのデモを見て「このようなものこそ、自分も目指して きたものだ。やはり、やればできるんだ」と、大きな希望につな がったのです。
加藤さんがデモされたのは「マリオス」というシステムで、NTT のデータベースに格納された膨大な回線データを、現場の人達が 簡単に利用できるものです。 まずデータベース中の必要な台帳をリストから選びます。さら に、その台帳中の必要な項目をマウスでつかんで、別の表に放り込 みます。そのようにして自分が欲しい表が簡単にできます。あとは エイヤっとボタンをおせば、直ちに必要なデータが表示されるとい う仕組みが基本パーツです。これに様々なツールを組み合わせる と、いろいろ面白いことができます。
例えばどこかの電信柱にトラックがぶつかって倒してしまったと しましょう。マリオスを使うと地図上に、この電信柱の下流で影響 をうける部分が一瞬のうちに赤い線として走り、影響のある地域が 一目でわかります。 凄いのはその先です。このように「現場の人達が作ったツール」 自体がまたひとつのパーツ、たとえば「電信柱が倒れた時の影響を 図示するツール」になります。これがさらに別のツールを作成する パーツとして利用できるのです。
使い方は殆ど、マウスでアイコンをひきづって別の所へ放り込む だけですので、コンピュータのことなど知らぬ現場の人間が必要な 道具をどんどん作れます。加藤さんのアプリケーションのユニーク さ、凄さを私の筆ではうまく表現できませんが、さすがSteve Jobs をして「これは是非スミソニアン博物館に永久保存すべき」 と感嘆させただけのことはあります。
加藤さんのアプリは、私と同じ NEXTSTEP/OPENSTEP で開発され ており、これも私に自信を与えてくれました。やはりNeXT のオブ ジェクト指向開発環境でなければ、あんな柔軟なものを簡単に作る 訳にはいかないと思ったものです。
さらに面白かったのは、その後ホテルに帰ってからの加藤さんの お話です。加藤さんは東北出身で、小学校は山ひとつ越えた先にあ り、夕方は早めに帰らないと途中で日が暮れてしまうそうです。あ る冬の日、遊びに夢中になって気がつくと遅くなっていました。山 ぞいの近道があるのですが、雪崩の危険があるので絶対に通っては いけないと言われていたそうです。しかし山の向こうを回って帰る と完全に日が暮れてしまいます。友達と相談し近道を通ることにし ました。
途中でイヤな予感がしたのだそうですが、案の定雪崩が起きて、 全員埋まってしまいました。幸いひとりが這い出て、雪から突き出 した手や足をひっぱって全員帰ることができたそうです。「親には 絶対内緒だぞ」と示し合わせて。 加藤さんの一日も面白かったです。昼頃研究所にでてきて「打ち 合わせ」と称してテニスなどをやっているので、女の子逹は「加藤 さん、いつプログラム作っているんですか」と不思議がるそうで す。夕方女の子逹が帰ると、コンピュータに向かい深夜まで仕事を します。自宅に帰っても朝方までプログラミングを続け、午前中は 寝て昼頃出社というような一日と伺いました。
私の想像ですが、このような天才的な人は遊んでいるようで、プ ログラムの構想を練っていたりします。そして気の散らない時間に なると、暖めていたアイデアを一気にコーデイングしてしまうので はないでしょうか。 ユニークな発想、創造力には幼い頃の育ち方がとても大切と思っ てきましたが、加藤さんのお話はまさにこれを裏づけるものでし た。自然の中にあるもので工夫して遊んだり、木登りをして落ちた り、蜂の巣をいたずらして刺されたり、ナイフで手を切ったり、と いうことがとても大切と思います。
そのようなことを通して「与えられたものを使い目的達成のため の工夫・応用力」「危険の予知・予防・対応能力」などが備わりま す。転んだ時まず手が前にでるのは当然の反射と思っていたのです が、マンションで育った都会っ子が転ぶのを見て、手を出すことも なく顔面着陸をするのを見て愕然としたことがあります。
受験戦争と親の不安のために、小さな時から塾通いの子供たちが 大きくなった時、危険予知能力・創造力・応用力において、地盤沈 下が必ず起こるに違いありません。これからの日本に対し、私はと ても心配しています。 今月は教育論になってしまいましたね。