わーくすてーしょんのあるくらし ( 395 )
大橋 克洋
katsuhiro.ohashi@gmail.com
わーくすてーしょんのあるくらし ( 395 )
大橋 克洋
katsuhiro.ohashi@gmail.com
寒さの厳しかったこの冬も、3月下旬になると早朝気温も2桁を切ることはなくなり大分しのぎやすくなりました。私の大好きな桜の花も私の誕生日3月23日頃からほころび始めました。咲き誇る桜の花を楽しみに早朝散歩では色々なところを巡ってみましたが、少なくとも私の周辺地域の桜、今年はあまりパッとしない感じなのは残念。花曇りが多いからか、もう少し待てばもっと華やかになるのか
これは私の個人的感想かと思っていたのですが、他の方からも同様の意見を聞きました。この辺りの多くの桜が老木になっているということのようです。最近は全国で桜の倒木が報道されていますが、倒木を促す菌類が最近増えてきたということでもあるのでしょうか
3月下旬に満開を迎えた桜ですが、4月初旬は雨や風がつづく予報で「今年は桜の見頃の期間は比較的長くないようで残念」などと思いながら、4月1日の早朝散歩、碑文谷八幡参道につづく立会川暗渠上の桜並木を歩いてみました。花曇りですが下から見上げる満開の桜は、それなりに見事。そんな桜を見上げながら、ふと、映画「花のあと」を想い出しました。
城のお堀沿いの満開の桜の下で、お付きの女性と二人で静かに花見をする武家の娘の場面から始まります。おしとやかな武家の娘ながら父に手ほどきを受けた剣の腕は道場でも上に位する。後日父に頼んで、この花見で声を掛けられた若侍と手合わせ、ほのかな恋心を抱くが、娘にはすでに家が定めた許婚がいる身で想いを断ち切る。若侍も奏者番の娘に婿入りするが、その娘を不倫相手とする上役の罠にはまり切腹。それを伝え聞いた彼女は自分の許婚の協力を得て、若侍を罠にはめた上役と密かに果たし合い、危機一髪の目に会いながら敵討ちを果たす、というお話。
お掘り沿いの満開の桜のあでやかさと、武家の娘役の今まで見たことのない不思議な感じの女優さんが、とても印象に残るものでした。その女優さんも娘の時期を過ぎ、現在ではさらに美しい女性に成長しています。北川景子さん。性格も良さそうですね。
毎日の早朝散歩の距離・コースを9年ほど前から記録してきました。それを見返してみると70代最後までガンガンに近く歩けたのですが、80代に入った途端明らかに脚力が落ちています。本当に情けないほど力が落ち、2キロも歩かぬうち脚の疲労感が強くなってベンチに腰掛けたり立ち止まったり。しかし、その状態にもめげず、それなりに早朝散歩を続けてきました。思うように言うことをきかなくなった身体を騙しだまし動かしながら工夫してきたのは「いかに無駄なエネルギーを使わずに歩けるか」。
今年に入るとその成果が徐々にでてきたようで、歩き始めしばらくはベンチ休憩が欠かせないものの、それなりに脚がしっかりしてきて今月は久しぶりに1日平均7キロ、月間歩行距離200キロを達成できそう。過去に月間200キロ歩いたのは5年前ですから79歳のとき。考えてみると、80歳を過ぎても以前のようにガンガンに歩こうとするのは無駄な足掻き、たとえ小学生に追い越されようと気に留めることなく、あくまでマイペース(身体が言うことを聞かないので、そうするより仕方がないのだが)「柳に風」と、柔軟な心身をもって歩くことがコツと言えるかな。格好つけて若いものと同じ動きをしようとするのは愚の骨頂、身体の故障を招くのがオチ(何度か痛い目に遭いました)。素直に経年変化に応じた動きを工夫すること。
最近会得した感覚というと、今まで述べてきた「腰を若干落とす感覚で、水平に抜いた足を前方に水平に降ろす猫科の歩き」とは全く別の「足は棒のようにまっすぐ伸びたまま、股関節を支点として歩く」「体幹はしっかり保ちながら、下半身は思い切り脱力」というような歩きを得ています。しかし、これもよく考えてみると「腰を落とした歩き」の感覚を内に秘めつつ「股関節で歩く」ということ。「猫科の歩き」の雰囲気で股関節に無理な衝撃を与えていない。中国武術の「色々な練功が時を経て、実戦の中に自然に埋め込まれて生きる」というのは、こういうことを言うのだなと
しかし疲れてきてからの歩きは、やはり猫科の歩きがよい
朝ドラ登場の若い海軍士官の立ち居振る舞いを見て、とても違和感を持ちました。数ヶ月前の連続ドラマに登場した海軍士官にも同じものを感じました「海軍軍人ならもっとビシッとせい」。
戦後しばらくは映画などに登場する軍人をみても、そんな違和感はまったくありませんでした。しかし、元軍人だった人々と接することも、まして戦争経験などまったくない現代の若者が演ずること、それを指導するスタッフも実際を知る人は皆無なのでしょうから、止むを得ないことなのでしょう。
まず何に違和感を持ったかというと、ビシッと節度のある敬礼が見られなかったこともありますが、その立ち居振る舞いにビシッとしたものが感じられない。そこで、ふと思い出したことがあります。早朝散歩で消防署前をよく通りますが、その歩道を向こうからやってくる男性の姿を見ていて「あ、この人は消防署へ出勤だな」と判ることがよくあります。髪を短く整えスリムなアスリート体型で姿勢よく歩いてくる男性、これはほぼ間違いなく消防署へ入っていきます。日常的に訓練を怠らない身体、つまりは体幹が普通の人と違うのだと思います。そう思いながら消防署前を通過し、自分の体幹を意識したのでした。
戦前の写真家、真継不二夫が海軍兵学校の生徒たちの姿を写した写真集を大切に持っています。ここに残された彼らの姿を眺めながら「本当に美しいなあ」と思います。彼らの顔は現代人が想像するような悲壮感など微塵もなく、どれも(雑念など一切ない)澄み切った爽やかな顔、訓練中の裸の肉体も真っ白な軍服に身を包んだ姿も例えようのないもの。彼らのような美しい姿は現代では絶対に見られない、厳しい鍛錬を経て内面からでているものだから。厳しい稽古の日々を過ごした昔の芸姑さんにも、同じものを感じます。普通に立つ後ろ姿の写真を見ただけで「これは只者ではないな」という、、
朝ドラの海軍士官、ドラマが進むと件の男性は海軍士官を装った詐欺師だった。それにしてもね、、
今年3月の学術誌掲載論文で「すでに人口は地球が持続的に支えられる限界を突破してしまっている」と研究者らが指摘しました。オーストラリアのフリンダース大学地球生態学の研究チームは「今日の経済は途切れない成長を前提としており、持続的人口増加に伴う再生上の制約を認識していない。なぜなら化石燃料が人口増加と資源再生のギャップを人為的に埋めているから」と指摘しています。地球における人類の最大環境収容力は約120億人程度だが、持続可能な最適環境収容力は約25億にとどまると算出。つまり現段階ですでに地球人口は82億人を超え、持続可能な人口を60億人近くも超過しているよし。
国連大学は今年1月の時点で川・湖・地下水が自然の回復速度を超える速さで枯渇し、地球規模の「水破産」が起きていると警告。「人口が少なく消費量が少ない方が人類にとっても地球にとっても良い結果をもたらす。危機に対し行動を起こす時間は限られている」と述べています。
化石燃料が肥料生産やエネルギー供給を支え、食料生産や産業を飛躍的に拡大させたことにより、本来なら資源制約により抑えられるはずだった人口増加を「人工的に延命」してきた。トランプ米大統領のイラン攻撃に端を発しホルムス海峡封鎖、世界的石油危機となっており、燃料だけでなく多くの石油由来製品が現在の我々の生活をいかに支えているかを痛感。ここからも「石油が人口増加と資源再生のギャップを人為的に埋めている」という上記の説に納得。それにしても将来への不安は膨らむばかり、84歳で先のない私個人には不安ないのだけれど
考えてみれば最近、多くの先進国で高齢化の進行が顕著になってきている。これは若い世代が増えない、つまり先進国で人口減少の傾向になってきているということで、自然の摂理が働いているのかもね
トランプ米大統領などの繰り返す強い主張は「人と人を分断する動き」をあっという間に米国だけでなく世界へ拡散しました。これには人々の「共感」という心の動きが強く影響していることが解ってきているそうです(MAGA 派が熱狂するほどに、他者への分断は深まる)。
共感は本来「他人の痛みを自分のことのように感ずる・感情を共有する・協力を促す」という機能を持っています。太古の昔に人類は、災害・狩猟・子育てなど「一人では無理な問題」を乗り越え「集団で生き延びるための仕組み」として「共感」を獲得しました。しかしこれは同時に「分断」も生むことになります。
共感には「内集団バイアス」すなわち「自分の仲間には強く共感、外集団には共感しにくい」という作用があり、その結果「偏見・差別・排除」などを生むからです。共感は「理性を超え暴走」することがある。つまり「周囲が怒れば自分も怒り、集団が動けば自分も動く」などの結果「集団ヒステリー・極端な思想への同調・SNS での炎上・分断」などが起こる。ナチス・ドイツによるユダヤ排斥運動、米大統領選における MAGA派の熱狂などに見られますね。共感は悪ではないが「偏った共感は危険」。例えば、身内だけを大事にする共感は排他的になり、自分と似た者だけへの共感は差別を生む、そして感情だけの共感は暴走しやすくなります(SNS などで特徴的)。
では「共感」に伴う「分断」の動きはどう解消するかについて、研究では「分断の相手と自分達とで共通する部分をできるだけ沢山見つけること」が有効とのこと。
Apple の創業者 Steve Jobs が死期を悟り次期 CEO として指名したのが Tim Cook でした。Steve Jobs がまさかの Apple への復活を果たし iPhone など画期的な製品開発で世界の IT 機器の発展を牽引したのは15年間。奇しくも Cook の在籍も15年となりました。
Jobs 在籍の頃、毎年の新製品発表では「今度はどんな新しいものが発表されるんだろう」とワクワク・ドキドキしたもの、彼独特のプレゼンテーションも相まって。そしていつもその期待は裏切られることなく、既存技術を組み合わせたものでありながら「この世に初めて現れる」「あっというもの」が発表される事が多かった。
Cook になってからは残念ながら「あっというもの」の発表はありませんでしたが、彼なりの力で Apple の発展を支え、世界でも有数の巨大企業へと発展させました。Jobs が Cook にバトンタッチするにあたり伝えたことは「Apple を率いることになっても、Jobs ならどうしただろうと考えることはするな」「自分の考えでやれ」と言うことだったそうです(Jobs は、他社で前社長の考えに囚われることにより、新しい会社の思考が止まってしまうのをよく目にしたからだそうです。 HONDA の創設者、本田宗一郎が自分の身内を自社に入れなかったのも同様の理由でしょうか。彼の息子さんは株式会社「無限」を創設、F1 にエンジンを提供したりしています)。
次の CEO となる John Ternus は2021年から Apple ハードウェア・エンジニアリング担当上級副社長を務めてきました。Apple 恒例の新製品発表会のプレゼンで顔を見た覚えがあります。天才 Jobs の頃のようなワクワク・ドキドキの復活は難しいでしょうが、それなりの素晴らしさを発揮し Apple を継続してもらえたら嬉しいです。引き継ぎを経て実際の交代は夏頃になりそうです。
詐欺電話に備え固定電話は留守番電話に設定。ほとんどは無言で切れるのですが、先日「大橋様ですか、こちら〇〇銀行ですが、、」と言う声で受話器を取ってみました。しかし〇〇銀行から私に用などないはず「はい、大橋です、、詐欺電話じゃないの?」というと「いえ、そうではありません」「携帯にも何度か お電話差し上げたのですが、、」用心のため一旦電話を切り直接〇〇銀行へ電話し用件は済んだのですが、、
その日、私の携帯は一度も着信音を発していません。着信履歴を見ると確かに本日4度も〇〇銀行から電話があり「こちら〇〇銀行ですが、、」と言うメッセージまで残っている。おかしいな、私の iPhone の設定では連絡先にない電話番号からの着信には、こちらの電話エージェントが用件を聞き、それを残した上で着信音が鳴るはずなのに。何故だろう?従来なら Apple のサービスに電話し理由を尋ねるところですが、ここは AI の出番。「iPhone に着信履歴とメッセージは残っているんだけど着信音が鳴らなかったのは何故?」と尋ねてみました。AI と何度かやりとりした結果、判明したのは画面右上から下へスワイプで出てくるコントロール・センターで三日月アイコンの「集中モード」になっていたため。他のアイコンをタップするつもりでうっかり「集中モード」に触ったらしい。こういうことをメーカーに電話して尋ねるやりとりは非常に煩わしいものだが、AI を使うととても便利、、と言うお話でした。
従来の検索エンジンと違って、ややこしい内容を平易な言葉で何度も AI とやりとりしながらできるのは、とても便利。あくまで AI に頼りっぱなしではなく、自分の頭も十分使ってから頼るのは大事ですけどね(でないと、こちらがお馬鹿になる)
別件ですが、私の弟が AI に大橋家の先祖について色々尋ねたところ朧げな情報だけ、さらに突っ込むと「私にはわかりません」と答えていたのに、翌日同様の質問をすると判らないと言っていたことについて次々と新たな情報を伝えてきたよし。どうも AI はこちらの好みを知って、こちらに合わせ都合良く作文しているようだと言っていました。昨年4月「これからやってくる AI の危険性」にも書きましたが、これが AI の怖いところですよね。 AI の言うことは眉唾で聞くべきかと