わーくすてーしょんのあるくらし ( 399 )
大橋 克洋
katsuhiro.ohashi@gmail.com
わーくすてーしょんのあるくらし ( 399 )
大橋 克洋
katsuhiro.ohashi@gmail.com
ひとつの目的を達成するための作業において「成功」はいわば目的を達成したということで最後の1回と考えることができ、そこに至るまでには多くの「失敗」を繰り返すことが多い。
「成功」へ至る過程としての様々な「失敗」からこそ「あーでもない」「こーでもない」と試行錯誤する中で体験した多くの「痛み」「挫折感」や「知恵」が蓄積されるはず。最終的な成果物としての「成功」から得られる貴重な教訓もあるはずだが、それは体験してきた多くの試行錯誤の一つでしかない。それが「失敗は成功の母」と言われる所以と思います。
1995年 Steve Jobs が NeXT 社の CEO をしていた頃、「10年後この世界はどうなっていますか」とのインタビューを受け彼はしばらく考えたのち「これから大事なのはインターネットと WWW(現在で云う Web)、WWW は色々なものの中心となり世界を大きく変えることになる」。私も全く同様の考えで1995年に自分の施設から自前の Web サーバを立ち上げ、世に向け発信を始めました(現在は自前サーバの時代ではなくなり、Google のサーバを利用しています)。
さらに時を経て2015年12月、今から11年前このコラムで私はこんなことを書いています。
これから10年後を予測するとすれば「情報端末はウエアラブルになり、クラウド上のデータを読み書きする世界になる。アプリケーションさえもクラウド上のものを使うことが多いはず」「かなり広範囲の身近な作業をコンピュータが自動処理するようになる」「色々な分野にドローン的なものが普及」と考えています。
現在ではほとんどが実現していますね。iPhone や Android などウエアラブルな携帯端末が従来パソコンがしていた多くをこなし、そこで走るアプリはネットワークの彼方のクラウドが支えている。ドローンは報道・映像・防災・警備・防衛などの世界でヘリコプターに代わりなくてはならないものとなり、ロシアのウクライナ侵攻で著しい進化を遂げつつある。また、ドローン含め身近な作業を AI が自動処理するようになり始めています。AI はこれから、あの頃の Web と同様に世界を一変させることになるはず。
つまりは、こうあったらいいなとか、こうなって欲しいなと思うことを「可能・不可能を考えず」唱えていれば「神は必ず叶えてくださる」という、このコラムのコンセプト
東日本医科学生体育大会、略して東医体と呼ばれる大会が例年8月に開催される。今年は母校の慈恵医大が主管校とあって「大橋先生、是非きてください」。コロナを境に遠出しておらず、80歳を越え体力・持久力の劣化で遠出に自信がない、都内なら必ず行くのだが水戸近郊とあって躊躇していた。しかし是非にと請われると断れない性格、つい OK
昔なら車を運転して行ったので苦労なかったが、免許はとっくに返納。品川から特急で水戸まで、そこからバスかタクシーが良さそう。午前中の障碍競技から見たかったのだが、朝イチでこちらを出ても間に合いそうにないので午後の試合に間に合うよう家を出る。ネットで特急券を予約しようとするも、カードの登録で何度も撥ねられる。「なら、行き当たりばったり窓口で買うか」と品川駅へ「あれ?常磐線の券売機が見当たらない。みどりの窓口か?でも、あそこはかなり混んでるし」ということで AI に「品川駅で常磐線特急券は、みどりの窓口で買える?」と尋ねてみる。すると「みどりの窓口でも買えますが、券売機もありますよ」、改めて券売機をよく眺めてみると左端の2台がそうだった。
売店でおにぎりとお茶を買い列車に乗り込む。上野の次はもう水戸。常磐線というと昔はひなびたイメージだったが、今は新幹線と変わらない列車で、とても快適。水戸からタクシーのつもりだったが、学生から「水戸到着時刻を知らせてください」とのことで到着時刻をメールすると水戸駅まで学生が車で迎えに来てくれた。試合中なので遠慮していたのに申し訳ない
そう言えば昔、静岡大浜の合宿の時、現在の私と同じくらいの大先輩 久保文明先生が来てくれるというので、私が迎えに行ったことがあった。馬装(乗馬の練習着)のまま車を運転していったので、私の姿を見た先輩から「大橋君、長靴でお迎えとは格好いいな」と言われたっけ
会場は水戸から車で20分ほど、中島トニアシュタールという乗馬クラブ。個人経営のようだが、ちょっと見たところでも馬場が4面以上あり、栽培用ハウスかと思ったところが何と覆い馬場(屋内馬場)、馬房が2棟で凄いなと思っていたら覆い馬場の向こう側にもっとすごく長い馬房があった。これだけの施設を持つ乗馬クラブは恐らく全国でも少ないはず。
大分前の東医体で応援にいった山梨県馬術競技場は県営だけあって広大な施設だったが木陰が少なかった。ここは心地よい木陰あり観戦しやすい(午後になると湿度がかなり高くなり、そういう意味では快適とは言えなかったかな)。
さて本題の試合結果だが、慈恵は馬場団体・障碍団体も準優勝ということで、総合で準優勝という結果。現在の学生はカリキュラムがキチキチのこともあって練習量は我々の頃に比べるとかなり少ないと思われるが、馬上でふらつくこともなく良く乗っていた。今年の慈恵は主管校とあって試合運営に忙しかったにも拘らず、準優勝。それも馬場・障碍どちらもほんの僅差(運の差とも言える)で優勝を逃した。閉会式後のミーティングで、女子部員の何名かが涙で声にならなかったのも、一生懸命動いた証拠と思っている。試合中、彼女たちはコマ鼠のように会場内を走り回っていた。
最近の試合では障碍競技においても女子選手が出場するのが普通に見られる。男子部員が足りなくてということもあるが、いろいろな仕事に男女差がなくなってきたという世の趨勢を表すものだなあと
【一口メモ】トニアシュタールって何? 調べてみた。ドイツ語でトニアは「開かれた」「公開の」、シュタールは「厩舎」、つまり「開かれた厩舎」ってことで「広く開かれた乗馬施設」ってことかな
どこの医大も昔と比べカリキュラムがかなりタイトで部活動つまり練習に充てる時間がずっと少なくなっているのは可哀想に思う。良い医者(人格)を作るためには、これで良いんだろうか。世間一般に言えることだが、小さい頃から勉学最優先で身体を使うことが少ない。「転べば反射的に手が出る」というのは本能と思っていたら、最近の子供が転ぶのに手が出ず顔面着陸するのを見て愕然としたことがある。「転んで手が出る」のは「本能」ではなく「学習」だった。
私が思うに、子供の頃は存分に遊ばせるべき(テレビゲームなどは遊びではない、身体を使って走り回ったりすること)。木登りやナイフで鉛筆削りなど、多少危険なことも構わない。そうでないと大きくなってから本当の危険を回避できない。これで知恵や思いやりの心が発達する。
我々の時代、馬に乗れば落ちるのは当たり前。教官から最初に教わったのは「落馬も馬術のうち」。学生時代、いろいろ派手な落馬を見たり経験したりしたが、それで怪我など滅多になかった。しかし現代は違う。派手な落馬でなくお尻からズリずりと落ちただけで頭蓋底骨折で死亡事故などもあった由。今回、地味な落馬でも会場は壊れモノを扱う雰囲気。つまり現代っ子は、我々の頃は無意識にできた受け身ができないし、骨が弱いので簡単に骨折する(他人事ではないね、経年劣化した自分も今ではそうかもね)。戦争直後の先輩の頃、人馬転しても跨ったまま馬に一鞭当て立ち上がった馬で試合続行したという豪快な話があった。私の時代、落馬しても再度飛び乗って試合続行したものだが、現在では落馬即ち失権。安全第一ということ。
ちょと前まで、馬場馬術に女子は珍しくなかったが、激しい動きと多少の危険を伴う障碍馬術には原則として女子を出さないのが暗黙の常識だった。しかし現代、そこに男女差は無くなったようだ。しかしよく考えてみれば我々の時代も、五輪競技で男女が同じ条件で争うのはヨットと馬術だけだった。男女の区別のない競技は現在ではもっと増えてるのかも、、AI に訊いてみた、おや、逆で現在では男女別のないのは馬術だけという答え。ヨットも男女別になったんですね。ちなみに男女混合競技は昔から沢山あります。
進展は何もないが現状記録ということもあり一応。とにかく足腰が弱くなりヨレヨレと言って良いが、それなりに身体の使い方を少しずつ会得。今月は5キロを目標に1日2キロから7キロ、1日平均4キロちょっと歩いています。雨などで散歩に出ない日もあり、どうしても平均値は目標値より少し下がるが、涼しい季節になれば目標値もこの1、2キロ増しになるはず
朝から気温25度以上と暑いことが多く早い時は午前5時頃から歩き始めるが、冬場と違いすでに外はすっかり明るくなっている。歩き始めはまだ太陽が昇っておらず日射がないだけ楽ですね。行程半ば頃から日陰を選んで歩くようになりますが、まだ日が低いので建物の日陰が多く、ほとんど日に当たらず歩けるのは早朝散歩の利点。そういうことで長時間日射にさらされることはないが、顔や二の腕はそこそこ日焼けしている。その二の腕を眺めてみると、右腕の方が少し日焼けが濃いのは何故ですかね
「全身脱力し弾むような感じ」で歩いていますが、2015年頃めちゃめちゃ長距離歩いていた頃のコラムを読むと「身体をひとつにし全身で歩く」と書いてある。これを意識して歩いてみると「脱力し弾むような歩き」と一致することに気づいた。そういえば「上方に跳躍・着地してからのゴルフのスィングは、そうでない場合よりずっと安定する」「跳躍・着地により身体がひとつになるから」というのを読んだことがある。なるほど、これと同じ原理か
今月は月130キロはいきそう。この歳で一番暑い季節この距離歩ければ、かなりいい感じと言えるかな。ちょっと前まで、散歩から帰ってくると、シャツの胸や背中が汗びっしょりだったり頭にしっかり汗をかいたりしたものだが、この夏そんなことがない。歩度が落ちたからか、代謝が落ちたからか、恐らくその両方なんだろう。70代末頃からか、太鼓腹になりどうやっても引っ込まない、これも代謝が落ちたからに違いない、困った。
この熱暑の季節、帰宅すると靴下を脱ぎ捨て、冷たい水道水で顔をザブザブ洗ってサッパリするのが何とも良い気分
毎日の散歩をしていて足腰の弱くなってきたのを如実に感ずるところだが、ちょっとしたことでムカっと感ずること(心ではそう感じても、なるべく表に出さないよう抑制はまだ効いているはずと思うのだが)も、若い頃ならもう少し柔軟にイナすことができたのになと。これも心の足腰が弱くなったってことなんだろうと
つまり、心でムカっときてもなるべく抑えるようにしているつもりだが、そこをさらに畳み掛けられたりすると、遂にはポキっと折れてしまいやすいように思う。もっと懐の深い年寄りにならなきゃなあ、と自戒するのであります。
朝の散歩で右側の車庫から出てくる車あり、その先に駐車の車あり切り返ししないと一発では出られない様子。歩みを止め車の出るのを大人しく待っていたのだが、運転する若い男、窓から顔を出して「行っちゃってくださいよ〜」。言葉の最後の「よ〜」に内心ムカっ、こっちは親切に止まって待ってるのに。それでも感謝の意で右手を挙げ車の前を通過。「BMW に乗るなら、もっと上品にしろよ」通過してから内心思った。
最近の若い男でも若い女でも、歩いているこちらの寸前をスレスレに横切る輩が多い。私なら自分の目前を歩く人がいたなら、その進路を横切ることなど絶対しない。ちょっと歩度を緩めれたり僅かに進路を振るだけで、無理なく相手の後ろを横切れるのだから。何か変だね、こういうところに心が至らないんかね
【一口メモ】「いなす」という言葉、自分で使いながら正確な意味を知らないことに気づき調べてみました。「武道などで、相手の力をまともに受けず流すようにかわすこと」「無視するとはちょっと違い『相手にしない』こと」「馬術で馬の頭を横に向け進路を変える『往(い)なす』に由来するとされる」
今年の夏も暑い、TV で連日、全国の暑さが報道される。それにしても先日2度目の地震で大きな被害を受けた熊本、電気や水などインフラがやられ自宅を失った人々、この炎天下で過ごされる生活は本当に大変だと思う。
と、思っていたら通過した台風の余波で、千葉県に線状降水帯により波状長時間の集中豪雨。あっという間に千葉市内などが内水氾濫で水没し、動けなくなった車が2700台ほど。10名以上が亡くなり、その多くが水没した車から出られず亡くなったという前代未聞の状況。この晩は当地でも珍しく豪雨の音がひとしきり響いていた。東京に住んでいて怖いと思うのは、もう10年以上前にも書いたが、地下鉄や地下街に居る時。このタイミングで集中豪雨などあれば、あっという間に水没の危険がある。天気予報で事前にある程度は予測できるとしても、大丈夫と思っていたところ思いがけず、ということもあるので
早朝散歩で前を通る消防署、いつも日章旗が掲げられている。ある日それが半旗になっていて「あれ?誰か偉い人が亡くなったんだっけ?」よく考えたら8月15日の終戦記念日、戦没者を悼んでの半旗だったのか。以前は8月15日を峠として次第に気温は下がってきたものだが、昨今は9月になっても真夏だったりする。でも、今年の夏は暑いあついと騒がれる割には過去年の気温変化と比べると、かなり楽なはず
23日午前2時 就寝中、枕元 iPhone から「キュンキュンきゅん」とけたたましい音に「来るぞ!!」と身構える。間髪を入れずユラユラゆらっ、比較的大きな揺れ、幸い余り長く続かず収まった(東日本の時は長く縦横何度も繰り返したからなあ)。目覚めたついでにトイレへ。それにしても、あの警告音、嫌な音だなあ。以前、電車の中で皆の携帯があの音で鳴り出したことがあったっけ
月半ばを過ぎ、朝の散歩で空を見上げると秋の訪れを告げる鰯雲が青空の中に。そう言えば朝の空気にも、少しずつ秋の気配が漂い始めたような。それでも林試の森に入ると、蝉時雨はまだ盛大なようだ
これで暑さも峠を越えたかと思っていたら、下旬になると再びの熱帯夜。それでも記録を見ると7月中旬の方がもう少し暑かった。暑熱順化もなされた今、あの頃ほどキツくない
8月も下旬、夜明けの空に鰯雲が広がる